大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2620号 判決 1999年6月02日
控訴人 安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 有吉孝一
右訴訟代理人弁護士 安藤猪平次
同 模泰吉
同 今後修
同 玉田誠
被控訴人 A野太郎
<他1名>
右両名訴訟代理人弁護士 横清貴
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人A野太郎に対し金六〇〇万円、被控訴人A野花子に対し金三〇〇万円及び右各金員に対する平成七年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
五 本判決主文二項は、仮に執行することができる
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
第二事案の概要
一 事案の概要(事案の骨子、争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張)は、次に付加するほか、原判決事実及び理由の「第二(事案の概要)」記載のとおりであるから、これを引用する。
二 控訴人の当審における主張
1 地震の際には、火災が多発し、通常時に比較して火災による損害が著しく巨大化することは経験則上明白なところであり、そのため、通常時の保険料によって地震という異常危険を担保することは不可能であることから、一般火災保険約款に地震免責条項が設けられ、地震による損害を保険による担保から除外してきたものであり、地震による被害を対象としたものとしては、別途に地震保険を設けて地震による損害を担保することとしたのである。
このような地震免責条項の趣旨に鑑みれば、地震免責条項を適用するに際しては、被災者の作為、不作為あるいは過失、無過失にかかわらず、当該火災が地震という異常な危険から発生し、あるいは延焼したか否かという観点から、地震との因果関係を検討すべきである。
2 本件火災は、地震発生から丸二日経過した後の平成七年一月一九日午後六時ころに発生しているが、この間、被控訴人ら方はもちろんその周辺は、電気、ガス、水道等ほとんどのライフラインは途絶したままであった。住民の多くは、地震による破壊の恐ろしさと頻発する余震の恐怖から(地震後三、四日間は震度三以上の余震が頻発している(「災害時地震・津波速報=平成七年兵庫県南部地震」三ないし五頁参照)、散乱した部屋を片づけたりする余裕すらなかった状態である(「異常危険の存続」二五頁参照)。
ところで、本件出火箇所は本件家屋の三階建(延べ床面積一九一・三一平方メートル)の三階にある和室であるところ、その使用頻度は低く、被控訴人花子が染色の作業に「時々」使っていた程度にすぎないのであって、被控訴人らは、平時の生活において三階の和室をあまり使用していなかったうえ、一階は二LDKと広く、家族三人が避難生活を送るに十分なスペースが確保できるため、被控訴人ら三人にとって三階の和室は、そもそも、地震後に動産類が散乱していても、これらを清掃、整理をしようとの考えが及ぶ空間ではなかった。そのため、被控訴人らは、地震発生後は、誰も三階に上がることなく、ずっと一階で過ごしていたのであって、このような生活状況からすれば、まさに被控訴人ら家族が一階部分で避難生活をし、二階三階部分は無人のまま放置されていたのと同様な状況にあったということができる。
そして、本件火災は、地震によって、被控訴人ら宅の三階に置かれていた電気ストーブが転倒し、何らかの外力でオフであったスイッチがオンの状態となり、発熱部分が畳と接していたため、地震で配電設備が破損して被災地全体が停電し、ライフラインの回復が急がれる中で、各建物毎の安全点検が不十分なままなされた通電によって出火したものであるから、本件の出火原因はまさに地震によって作り出された危険そのものから発生したというべきであって、地震による火災以外の何ものでもない。
三 被控訴人らの反論
1 地震免責条項にいう「地震による火災」とは「地盤の揺れによって建物が物理的に倒壊するのと同様に、地震の揺れによって物理的に建物から火が出たという場合、すなわち、防ぎようのない、正に不可抗力によって生じた火災」を意味するというべきである。
この点について、控訴人は、本件訴訟の最終段階に至って、突然右免責条項の解釈を、「地震により作り出された異常危険により引き起こされた火災」であると変更したが、右主張の変更は、時機に遅れたものとして許されないというべきである。
なお、控訴人は、右解釈のもとに、本件火災は、ライフラインが完全に途絶し、交通機関も停止し、行政消防警察機能も麻痺するという過去に誰も経験したことがない阪神淡路大震災における異常環境の下において、被控訴人ら宅が、コンセントに繋がれたままの電気ストーブが倒れ、その発熱部分が畳に接し、更にオフであったスイッチがオンとなるという極めて容易に出火する状態が地震により作り出され、右状況が火災発生まで解消されることなく存続していたために本件火災が発生したことを理由として、本件火災は、地震により作り出された異常危険によって引き起こされた火災に該当する旨主張しているが、控訴人の右主張する「地震により作り出された異常危険」の概念自体が極めて恣意的であり、解釈の基準とすることはできない。
2 本件家屋は地震によって倒壊しておらず、地震後も被控訴人らは本件家屋で生活しており、いつでも三階に上がって本件電気ストーブの状況を確認することができたのであり、三階に上がりさえすれば、電気ストーブが転倒していることやスイッチがオンになっていることは一目で分かることであるから、転倒している電気ストーブを起こすとか、オンになっているスイッチをオフにする、あるいはコンセントを抜くという極めて単純な行動で本件火災の発生を未然に防止することができたのに、これをしなかった過失により本件火災が発生した。
以上のとおり、本件火災は本件地震によって発生した火災には当たらないことが明らかである。
第三当裁判所の判断
(以下、ゴシック体は当審における付加・訂正部分であり、その余は原判決の説示を引用した部分である。ただし、誤字、脱字、句読点の訂正その他原文と文意を異にしない程度の訂正は、ゴシック体を用いずにする。なお、第一審原告らを「被控訴人ら」、第一審被告を「控訴人」と略称する。)
一1 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件家屋も地震の折は、激しい揺れに見舞われ、家財が倒れ、室内にものが散乱するなどの被害が出たが、幸い倒壊は免れた。
(二) 被控訴人ら方の家屋は、被控訴人ら夫婦と母(当時八八歳)の三人暮しで、子供ふたりは留学などのため家を出ている。被控訴人太郎(当時五三歳)はアパート経営、被控訴人花子(当時五〇歳)は近くの文化センターで手描き友禅を教えている。
(三) 地震前夜(平成七年一月一六日)、被控訴人花子は、二階の炉燵に入り深夜まで娘の着物に友禅の絵を描いて過ごし、三階北側の和室で一人で就寝した。この部屋は、被控訴人花子が時々染色の作業に使っていた。翌朝(同月一七日)、地震がおさまったころ、二階で寝ていた夫(被控訴人太郎)に声を掛けられ、被控訴人花子は階下に降りた。一階に家族三人が集まり、同日午前六時ころ一旦は家の外に出たが、近所の人と一五分ぐらい立ち話をしただけで、また家に戻り、その日以降、ライフライン(電気・ガス・水道)が途絶えてはいたが、避難所にも行かず、家族で自宅で過ごした。地震後、被控訴人花子が階下に降りてから、翌々日(同月一九日)夕刻、本件火災が発生するまで、家族の誰も三階には上がっていない。このように、被控訴人ら家族は、殊更避難を要する状況にはなく、本件家屋で居住を続けることができた。なお、被控訴人ら宅の隣家(B山家)も倒壊しておらず、その家族も避難することなく同家で生活を続けていた。
(四) 地震前夜、被控訴人花子が三階北側和室で就寝した際、同部屋の北側中央の辺り(被控訴人花子の枕元近く)に、スイッチをオフにした電気ストーブが、コードの先端を部屋のコンセントに差し込んだまま置かれていたが、本件火災後、これが転倒した状態で、同じ場所から発見された。
(五) 地震後、送電は暫く停止されていたが、被控訴人らの住む西宮市満池谷町では、同年一月一九日(地震の翌々日)午後五時四〇分ころ、家庭への送電が再開された。
(六) その後まもなく、本件家屋の三階北側和室から出火し、本件火災が発生した。西宮消防署では、関係者の供述や現場の焼燬状況から、火災の原因は、地震の揺れで電気ストーブが転倒し、その際、何かが電気ストーブに当たってスイッチがオンの状態となり、これに電気が通ったため発熱部分と接する畳が発火し、これが他のものに燃え移ったためであると判定している。
2 以上認定の事実によると、本件火災は、地震がなければ電気ストーブの転倒もなかったという限度で、地震との間に条件的な因果関係の存在を否定することはできない。
しかし、地震免責条項にいう「地震によって発生した火災」という要件は、単なる条件的な因果関係では足りず、地震と火災との間に相当因果関係の存在することが必要であると解されるから、社会通念上相当と認められる限度において、地震と火災との間の因果関係を肯定すべきである。
この見地に立って、いわゆる「地震火災」の因果関係を検討するに、地震によって発生する火災に限ってみても、地震動の際、火気が使用されていて、その消火ができずに直接火災の原因となることがあることは過去の地震における被害から明らかであるが、これにとどまらず、電気配線が断裂して漏電、電気ショートなどのために火災が発生し、また、地盤変動によるガス管の破裂によって火災が発生することもあるのであり、ひとたび火災が発生すると、平常時には容易に消火される火災であったとしても、交通路の遮断や水不足といった異常事態が生じて、消火が十分できずに焼燬に至ることがあり、そして、右火災は、自宅から発生することもあれば、近隣の家屋からの類焼によることもありうるところであり、さらには、建造物の損壊、倒壊にまで至らなくても、建造物内は動産類が散乱する状態となり(本件がまさしくこの状態であった。)、電気ストーブなどの火源が倒れ、その後地震によって停止されていた送電が再開されて右の倒れたストーブなどの火源にも通電がなされることによって、これら火源と接触していた建造物内に散乱した動産類などに着火するといった状況が作り出されることも容易に推認されるところであり、要するに、地震によって平時に比べると可燃物に極めて容易に着火しやすい状態となったことが原因で火災(いわゆる通電火災)が発生した場合には、一般的にみて、「地震による震動のために作り出された異常状態」によって生じた火災として、地震と火災との間に相当因果関係があるものとしてよいように考えられる。
しかしながら、一方では、空家や倒壊した家屋であればともかく、現に人の居住する普通の一戸建て家屋であれば、通常は、地震後二、三日もすれば、居住者により目視できる範囲で屋内の危険箇所はひととおり点検され、それによってかなりの程度に火災の発生を未然に防止することが可能になることが十分考えられるところである。したがって、地震後に生じた火災について地震による影響を否定できないとしても、居住者が地震後に容易に火災発生の危険を除去しうるのにこれを怠ったことが火災発生の直接的な原因となっているような場合には、地震と火災との因果関係を認めざるを得ないのではあるが、一方において、仮に地震以外の原因で電気ストーブなどの火源となりうる器具が転倒した場合でも、その転倒した器具を居住者がそのままにしておくという右と同様の居住者の不注意によって火災が発生することがあるのであるから、本件のような場合に生じた火災については、地震による影響よりも、居住者の不注意による失火であることを重くみるべきであると解せられる。そして、このような場合には、本件保険契約に直接の規定はないが、信義則の適用により、右火災の原因となった地震による影響と居住者の失火のそれぞれの寄与の程度など、火災発生に至った一切の事情を考慮し、右保険契約に定められた保険給付金額のうち、保険契約者に支払われる保険給付金額を減額するのが相当である。また、このように解することは、本件地震当時、地震保険制度が設けられていたとはいえ、一般には馴染みがなく、本件全証拠を総合しても、保険会社において、火災保険の勧誘の際に、同保険が地震による火災を除くものであることについての説明や、地震保険制度についての説明を十分にしてきたと窺えないことや、電力会社が地震後、送電を再開するにあたって、住民に通電火災の危険性を通知していたとは窺えないことから、被控訴人らにおいても、通電火災の危険性について考えつかなかったのもやむをえない状況にあったと認められることなどの事情に照らし、公平の原則に合致するというべきである。
右に反する控訴人及び被控訴人の主張はいずれも採用できない。
なお、被控訴人らは、控訴人の当審における、地震免責条項を適用するについて、当該火災が地震という異常な危険から発生し、あるいは延焼したか否かという観点から、地震との因果関係を検討すべきであるとの主張に対し、時機に遅れた攻撃防御方法である旨主張するが、控訴人は、原審における審理段階から、本件火災が地震と相当因果関係を有するとの主張を重ねているのであって、控訴人の右主張もその範囲のものにすぎないというべきであるから、被控訴人の右主張は理由がない。
3 そこで、これを本件について見るに、前記認定の事実によれば、本件火災は地震から六〇時間(二日半)経過後に発生したこと、被控訴人らはこの間、僅かな時間を除き本件家屋に在宅していたのであり、被控訴人らの隣人も同様であったのであって、殊更避難を要することなく、自宅で居住を続けることができる状況にあったこと、火元となった三階北側和室には電気ストーブがあって、被控訴人花子は、そのコードがコンセントに繋っていることを認識し、または少なくとも認識しえたこと、が認められる。
なるほど、右通電が開始された当時において、被控訴人らは電気ストーブが置かれていた本件家屋の三階部分の片付けをしていなかったのであり、被控訴人ら宅とは離れた地域においてはいまだ火災が継続していたことなどの当時の事情からすれば、被控訴人らにおいても、なお完全に平穏な生活を取り戻していたとはいえない状況にあったと認められるが、一方、被控訴人ら宅周辺では火災は発生しておらず、また、ライフラインが途絶されてはいたものの本件家屋で居住を続けることができる状況にあり、かつ地震から二日半が経過していたことからすれば、類焼による火災のおそれはごく小さくなっていたといえるのであり、地震直後あるいはそれほどの時間をおかずに発生する火災(自宅からの火災及び近隣家屋からの類焼)に対する配慮をしなければならない必要はあまりない状況にあったものと認められる。もっとも、被控訴人ら宅においては、家財が散乱していたのであるから、送電が再開された際に火災が発生しないように注意すべきであった状況は継続していたのであって、そのことに、被控訴人らは気付くべきであったというべきであり、殊に、被控訴人花子においては地震後二日半の間に電気ストーブの状態を確認し、これを起こし、スイッチをオフにし、コードをコンセントから外すなどの措置を取るべきであり、かつ、このような措置を施すことは容易にできた筈であるにもかかわらず、火災に対する心配はないと考えて(もっとも、当時の状況からすれば、被控訴人らにおいて、右のような措置を施さなかったことをもって、重過失があったものとまでは認められない。)、被控訴人花子が電気ストーブの確認を怠ったため、送電の再開に伴い、倒れた電気ストーブに電気が通り、発熱部分と接する畳が発火し、これが火元になったのであるというべきであるから、本件火災は、前記のとおり通電火災の一面を有することをまったく否定することはできないものの、なお被控訴人花子の不注意による失火であることを重くみるべきであり、したがって、本件においては、被控訴人花子の過失と本件火災との間には相当因果関係が認められ、かつそれが地震と比較して火災発生に寄与する割合が大きかったといえるのであって、被控訴人らは地震免責条項にもかかわらず、本件火災によって被った損害の相当部分を本件の保険によって填補することを求めることができるというべきである。
そして、右認定による地震と被控訴人花子の過失がそれぞれ本件火災にもたらした寄与の程度(影響度)等の一切の事情を考慮すると、被控訴人らに生じた損害のうちの約六割に相当する九〇〇万円(したがって、これを、被控訴人らの本件家屋における所有権の持分割合に応じて按分すると、被控訴人太郎につき六〇〇万円、被控訴人花子につき三〇〇万円となる。)について保険金請求ができるものと認めるのが相当である。
二 保険金支払債務の履行期について
住宅金融公庫融資住宅等火災保険特約条項で準用する普通保険約款によると、火災保険金は、控訴人に火災で損害が生じたことを通知し、かつ、その三〇日以内に所定の書類を提出し、更にその日から三〇日以内に支払われることになっている。
被控訴人らは、本件火災の数日後(平成七年一月二二日まで)に控訴人に対し火災で損害を生じたことを通知したが、地震免責条項の適用を巡って見解が分かれ、控訴人が所定の書類を交付しないため、これを提出できないでいる。このような場合、所定の書類を提出しないので保険金の支払時期が到来しないとすることは明らかに不当であるから、被控訴人らの通知後遅くとも六〇日以内に保険金支払債務の履行期が到来し、控訴人はその翌日(平成七年三月二四日)から遅滞に陥ると解するのが相当である。
三 以上の次第であって、被控訴人らの請求のうち、被控訴人太郎につき六〇〇万円、被控訴人花子につき三〇〇万円及び右各金員に対する平成七年三月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、被控訴人らのその余の請求は、いずれも理由がない。
第四結語
よって、控訴人の控訴は、右の限度で理由があり、これと一部結論を異にする原判決主文一、二項を本判決主文二、三項のとおり変更し、被控訴人のその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六五条、六一条、六四条に従い、仮執行宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 古川行男 裁判官 鳥羽耕一 裁判長裁判官岨野悌介は退官のため、署名押印できない。裁判官 古川行男)